Xで5年間「無風」だった私が、朝3時起きで手に入れた信頼の仕組み
あなたはSNSで誰にも見向きされない日々を、どれくらい耐えられますか?
私は5年間、ほぼ誰からも反応がない砂漠のような場所で、ずっと発信を続けてきました。
たまに紹介するお気に入りの本や道具の紹介リンクは、驚くほどきれいに空振りする。
そんな惨めな状況を、ずっと当たり前のように経験してきた人間です。
あ、どうも。
会社員をしながら、毎日朝3時に起きているヤドリと申します。
本題に入ります。
今年の5月から、私は自分の新しい試みとしてニュースレター(Substack)を始めました。
最初は順調に読者が増えて、画面の向こうに自分の言葉が届いている感覚にワクワクしていました。
しかし、最近になって一つの壁にぶち当たっています。
読者数は少しずつ増えているのに、記事を開いてくれる割合が目に見えて下がっているのです。
「自分の発信はワンパターンなんじゃないか」
「読む人を退屈させているんじゃないか」
そんな不安が、胸の奥でチクチクと痛みます。
さらに、私にはもう一つの葛藤がありました。
毎日忙しい中で発信を止めないために、私は投稿の自動化という仕組みを取り入れたのです。
朝と夕方の決まった時間に、あらかじめセットした文章が自動で投稿される仕組みです。
これが、なんとも言えない不安を呼び起こします。
「機械的すぎて、読者に嫌われないだろうか」
「こちらの体温が、ちゃんと画面の向こうに伝わっているのだろうか」
実は、AIを使って文章の土台を作っていることもあり、言葉遣いが少し難しく、硬くなってしまう部分があります。
自分で読み返しても、「ちょっと機械っぽいな」と感じることは少なくありません。
読者もきっと、その冷たさをどこかで感じ取っているはずだ。
そう思って、自分のやっていることに自信が持てなくなる日もありました。
そこで私は、ある実験をしてみたのです。
1日だけ、その自動投稿の仕組みを完全に止めてみました。
結論を言います。
その日の読者の動きや通知数は、目に見えて静まり返ってしまいました。
どれだけ機械的だと言われようと、言葉が硬かろうと、発信を「やっている」と「やっていない」では、結果がまったく違うのです。
完璧な温度感を求めて発信を止めてしまうくらいなら、仕組みの力を借りてでも、毎日コツコツと露出を続ける方が、確実に前に進める。
これが、私が身をもって得た大きな気づきです。
ここで、身近な例で対比をさせてください。
【悪い例】
完璧な文章を書こうと悩み続け、気がつけばスマホでダラダラとYouTubeやテレビを見て夜更かしする。翌朝、起きられずに「今日も何もできなかった」と激しい自己嫌悪に陥り、発信を諦めてしまうパターン。
【良い例】
言葉が少々硬くても、朝3時に机に向かい、仕組みを使って淡々と世の中に発信を送り出す。反応が少なくてもそれを「見直し」のデータと捉え、明日の改善に繋げるパターン。
どちらが自分の未来を変えてくれるかは、火を見るより明らかです。
ですが、自動化だけで信頼が作れるわけではありません。
私は自動で発信を送り出す一方で、手動でのコメント返しやフォローといった、とても泥臭い関わりも大切にしています。
その中で、忘れられない出来事がありました。
ある日、見知らぬ読者の方から、私の言葉遣いや発信の姿勢についてメッセージをいただいたのです。
「この人はとても知的で、賢い」
「この言葉遣いには、人としての温かみがある」
そう書いてくださっているのを見たとき、胸の奥がじんわりと熱くなりました。
AIが吐き出す少し難しい言葉遣いが、結果的に「賢そう」に見えただけかもしれません。
ですが、その発信のインプット(源泉)になっているのは、私が5年間、毎朝暗闇の中でスマートフォンに向かって喋り続けてきたジャーナリングの生データです。
テレビを見るのをやめ、YouTubeをダラダラとスクロールする時間を捨て、夜早く寝て、朝3時に起きる。
そうした私の「生き方の姿勢」や「日々の取り組みのプロセス」そのものを、画面の向こうの誰かがちゃんと見て、評価してくれた。
「これこそ、AIには絶対に書けないものだ」
そう確信した瞬間でした。
朝3時の澄んだ空気。
玄関に置いたゴムサンダルの冷たさ。
夜明け前の静まり返った住宅街を歩きながら、スマートフォンに向かって声を吹き込む。
白く曇る吐息と、かすかに聞こえる新聞配達のバイクの音。
その早朝の静寂の中で、私は自分自身と向き合っています。
その生き方そのものが、信頼という目に見えないアセットになって、読者に届いているのだと思います。
反応がなくても、紹介リンクが空振りしても、私はもう惨めだとは思いません。
なぜなら、その反応の無さをどうやって改善し、どうやって面白くしていくかというプロセス自体を、心から楽しめているからです。
5年間無風だったからこそ、今の少しの反応が嬉しくてたまらないのです。
もしあなたが、自分の発信に価値がないと悩んでいるなら、まずはその完璧主義をゴミ箱に捨ててください。
そして、テレビやスマホの画面を消し、静かな時間を作ってみることから始めてみませんか。
同じ方向を目指す仲間たちが、静かに繋がれる場所を用意しています。
一切の宣伝や派手なプロモーションはありません。ただ、朝の静寂を共有し、お互いの歩みをそっと支え合うための場所です。
よろしければ、私と一緒に新しい朝の習慣を始めてみませんか。
最後に、少しだけ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
私は特別な才能があるわけではありません。ただ、朝3時という静寂の中で自分と向き合うことで、どん底だった毎日を少しずつ、自分の手に取り戻してきました。
もし、私の拙い試行錯誤や「早起きを通じて人生を好転させるコツ」が、あなたの明日のほんの少しの力になれるのなら、これほど嬉しいことはありません。
Substackでは、ブログやSNSでは書ききれない、より深く、より生々しい思考の裏側を定期的にお届けしています。
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