2日休みました。毎日やる必要はない、と決めてから続いています
今朝、2日ぶりにパソコンを開きました。
10日と11日は、朝の時間がまったく取れませんでした。予定が入っていて、3時に起きても座れない日です。
昨日までの2日間、自分はこの作業を1分もやっていません。
それでも毎朝の短い文章は流れていましたし、noteも出ていました。仕込んでおいたものが、勝手に出ていっただけです。
そして今朝、何事もなかったように戻ってきました。
この「何事もなかったように」が、以前の自分にはできませんでした。
目標が高すぎたのではありませんでした
長いあいだ、自分は原因を読み違えていました。
やめてしまうのは、目標が高すぎたからだ。意志が弱いからだ。そう思っていました。
だから次に始めるときは、もっと簡単な目標にします。「毎日30分だけ」「まずは1ヶ月だけ」。
それでも、また1日空いたところでやめました。
いま分かるのは、問題は目標の高さではなかった、ということです。
空いた日をどう扱うかを、一度も決めていませんでした。
決めていないので、空いた日はそのつど「失敗」になります。失敗が積み上がると、人は続けられません。当たり前の話でした。
「毎日」をやめて、「何年」で見た
考え方を変えたきっかけは、熱を出して3日寝込んだことでした。
体温計が37度5分を指していて、布団から出られない。パソコンは向かいの部屋で、電源を押されないまま3日置かれていました。
4日目に、そろそろと再開しました。
そのときに、はっきり思ったことがあります。
大事なのは毎日やることではなく、何年やるかのほうだ。
数字にすると、この感覚がはっきりします。
何かが身につくには1万時間かかる、とよく言われます。仮に1日2時間続けたとして、1年で約700時間。1万時間を700時間で割ると、およそ14年です。
10年から15年かけて、ようやく身体に入る計算になります。
この数字を見たとき、自分は落ち込むどころか安心しました。
5年やって、ならせば月1万円ほど。いちばん良かった月で3万円。最初の3年はほとんどゼロでした。ずっと「遅い」と思っていたのですが、14年の物差しで見れば、まだ3分の1の地点にいるだけです。
そして14年で見ると、3日の欠けは誤差になります。
誤差の幅を、自分で決めておく。やったのはそれだけです。
休む日の決め方には、1つだけ条件がある
とはいえ「休んでいい」だけだと、自分の場合はそのまま止まります。実際に止まりました。
再開する日を決めずに休んで、ブログを半年放置したことがあります。
そのとき考えていたのは「治ったら戻る」でした。
治っても、戻らないんですよね。体調は3日で戻っていたのに、机の前には半年戻りませんでした。
なので、いまはこうしています。
休むと決めた時点で、再開する日も決める。「治ったら」ではなく「明後日の朝から」と、日付で決める。
体調がいつ回復するかは自分で決められませんが、日付は自分で決められます。決められるほうを決めておく、というだけの話です。
今回の2日間も同じでした。10日と11日は休む。12日の朝から戻る。それを9日の時点で決めていたので、今朝は迷いませんでした。
決めてあれば、休んだことが失敗になりません。予定どおりです。
続けるために下げたのは、意識ではなく強度
もうひとつ、効いていることがあります。
毎朝やっている作業を、自分でも呆れるくらい低い量まで削ってあることです。
いま朝にやっているのは、実のところ30分ほどの作業です。ブログを1本更新して、その日に出す短い文章を並べる。3時に起きて、3時40分には閉じています。
3時間の全力作業を毎日やろうとしていた頃は、3ヶ月で潰れました。
「継続は力なり」という言葉の残酷なところは、途中で止まったらそれは継続にならない、という点です。1年やって3年やめて、また1年やっても、4年にはなりません。
だから止まらない強度まで落とします。
熱のある日も、疲れた日も、同じ量でこなせる線まで下げておく。そこまで下げてはじめて、線がつながりました。
家族から言われた言葉について
寝込んでいるあいだ、家族から言われた言葉があります。
「体調を崩して寝込んでいるのは、朝3時に起きているからでしょう。朝3時はやめなさいよ」
朝早く起きる生活をしていれば、一度は言われる言葉だと思います。そして、なかなか言い返せません。
ただ、あとから振り返ると、直接の原因は起きる時刻ではありませんでした。季節の変わり目に、薄着のまま朝の散歩に出た日が2、3日続いていたのです。単純に体を冷やしていました。
それ以来、寒い日は上着を羽織るようにしています。当たり前のことなのですが、その当たり前が抜けるところに落とし穴がありました。
それと、このときにもう1つ考えたことがあります。
体調の悪い朝に無理をして、それで長引かせて、家族から「やはり朝3時は体に良くない」と受け取られたら、明日以降の朝そのものが続けにくくなります。
1日か2日休むことより、そちらの損のほうがずっと大きい。
休むのは、続けるための判断でもありました。
再現性の話を、正直に
これが誰にでも効くとは思っていません。
朝が向いていない人もいますし、生活の形によって、休める日そのものが作れないこともあります。
自分の場合も、ここにたどり着くまでに4回やめて、5年かかりました。いまも、うまくやれている感覚はありません。
ただ、空いた日をあらかじめ予定にしておくという考え方だけは、時間帯にも職業にも関係なく使えると思っています。
やめた4回は、いずれも意志が切れた日ではありませんでした。
空いた日を、失敗として処理してしまった日でした。
8月15日にKindleで本を出します。8月16日から18日までの3日間は無料にします。
『三日坊主さんの朝活 ── 意志に頼らず続ける、書く習慣のつくり方』です。
今日書いた話は、第3章「『毎日』ではなく『何年』」にまとめました。続いた人間の本ではありません。4回やめて、そのたびに戻ってきた記録です。
Substackの購読者限定チャットでは、公開の場に出す前の判断や、決めきれずに止まっている話のほうを置いています。この2日間は自分が休んでいたので静かでしたが、今朝からまた毎日置いていきます。
売り込みをする場所ではありません。朝の静かな時間に、同じ方向を向いている人とゆるく繋がれる場所です。
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最後に、少しだけ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
私は特別な才能があるわけではありません。ただ、朝3時という静寂の中で自分と向き合うことで、どん底だった毎日を少しずつ、自分の手に取り戻してきました。
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Muy interesante forma de ver... cambiar la escala de tiempo con la que medimos nuestro dia a dia ... igual creo que cuando algo dentro nuestro se resiste a determinadas tareas es tal vez por algo más profundo.